教相判釈

きょうそうはんじゃく
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教相判釈は、お経を解釈する学問です。
日本での教相判釈は、天台宗と鎌倉諸宗の2グループに分ける場合と、真言宗を加え3グループに分ける場合があります。

 

 

 

 

 

※ 垣はフォントにないので代用です。土偏ではなくサンズイです。

 お経の編集

お経はお釈迦様が話された説法の記録です。インドでの編集は時系列で行われましたが、インドから中国へ伝わるときは、バラバラに翻訳され、輸入するタイミングもまちまちでした。

お経がたくさん翻訳されると、教えの表現も多様化し、どれがお釈迦様の本当の教えなのか、問題視されるようになりました。

訳し方にも問題はあったのかも知れませんが、教えが色々と異なるのは、教えを説いた時期や内容が異なるため、と考えられました。

 教相判釈 きょうそうはんじゃく

そこで中国では、教えを説いた時期を分類し、どれが最高の教えであるかを考えました。

えのや時期によって、お経を別し解する。これを教相判釈といいます。教判、教相、教時などと略されることもあります。教相は教えのすがた、実際に示されている教えのことです。顔に表れたものを人相、手に現れたものを手相、と表現するのと同じです。

教相判釈は、中国独自のお経を解釈する学問として発達します。

 原型

最初の教相判釈は、竺道生じくどうしょう ?−434という人によって4種に分けられました。四種法輪と呼ばれるもので、
  在家信者向けの説法。
  
修行者向けの説法。
  
法華経。
  
大般泥だいはつないおんぎょう(涅槃経の前半)
の4種類です。

次に慧観えかん4−5世紀という人が、お釈迦様が悟りを開いてから亡くなるまでの期間、を五種類の時期に分類しました。五時教と呼ばれています。

この二つが教相判釈のルーツとでも言うべきものです。

 五時八教 ごじはっきょう

後に色々な教相判釈が登場します。隋の時代になって中国天台宗の智ちぎ538-598という人によって、五時八教と呼ばれる教相判釈が完成します。五時八教は中国の教相判釈の代表とされるものです。

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