看病禅師

かんびょうぜんじ
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病人に寄り添い、看病から祈祷までする僧侶を、看病禅師とか看病僧と呼びました。
奈良時代に活躍しました。
看病禅師は、名称の変化とともに、加持祈祷に専念する役職へと変わります。

五明ごみょう
声明しょうみよう
言語学・文法学。
因明いんみょう
論理学。
内明ないみょう
形而上学。日本では宗派や学派の教理学。
医方明いほうみょ
広い意味での医学。薬学のほか呪術なども含まれる。
工巧明くぎょうみょう
建築・工芸など。

 

 

 僧侶が看護師だった?

病院の中でシスターの姿を見かけたら・・・?
シスター=看護師さんのように思えて、違和感を持つ人は少ないでしょう。

     では、僧侶の姿を見かけたら・・・

奈良時代、お医者さんと僧侶は切っても切れない関係で、看病禅師という役職がありました。

仏教では、五明ごみょうと呼ばれる五つの分野の学問も学ばれていました。その五明のひとつに医学や薬学があり、お経とともにその最新の知識が日本へ入りました。

もちろんお経の中にも、身体の内部構造を説明した部分や、病気と食事の関係、治療や養生について説かれた部分があります。 

 看病禅師 かんびょうぜんじ

奈良時代は、皇族のために宮中で病気平癒を祈ることが盛んに行われました。このご祈祷をする僧侶は、医療の知識や呪術的な力を具えた禅の僧侶でした。

医療の功績があった禅師で、文献に初めて登場するのは、法蓮という僧侶です。続日本紀の703年と721年の記述の中に出てきます。

天皇や上皇が病気がちだった8世紀中頃は、看病禅師の活躍が目立ちます。756年には聖武天皇のために、126人もの看病禅師が集められました。

また聖武天皇の看病を、法栄という僧侶が担当医師として行ったことも有名です。法栄は祈ることより医薬の面で優れていたようです。

禅師という言葉が、しだいに看病をする僧侶、の意味を持つようになると、本来の禅師と区別するため、看病禅師という呼び名が生まれました。

 看病禅師から護持僧へ

看病禅師は宮廷に近いことから、しだいに政治権力を握り、法王にまで上り詰める者や、天皇の命を操ろうとする者まで登場します。

看病禅師が政治的な力を持つようになると、国家が危うくなる、と考えた桓武天皇は、看病禅師の呼び名を護持僧に改め、制度改革をしました。

平安時代には医療は宮廷医に、僧侶は祈りに専念することになります。

  

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